21週に入ってお腹を詳しくエコー検査をした。ちょっと小さめだけどほぼ標準の大きさで順調に育ってくれてる。
エコーを見てくれたのは中国人のきれいな助産士さんだった。この病院の助産士さんも看護士さんもきれいな人が多い。
エコーで鼻と鼻の穴と上唇が白くうかんでみえた。鼻が大きく高めで唇が厚ぼったい感じは父親似だと思った。
元気で生まれてくれれば性別はどちらでもいい。妊婦の期間ってつわりや座骨神経痛や腰痛、薬も飲めないしお酒も飲めないなど色々大変なことも多いけど、それ以上に幸せな気持ちになれる。胎動が感じ始めた18週頃からは確実に命を感じられて愛しくて仕方がない。一人前に育てるのは体力的にも経済的にも大変だし、何より責任も重い。でも授かるならもう一人欲しいなーと思ってしまう。今回も諦めていたのに、ぴょこっと授かったので贅沢は言えないけど。
あと4ヶ月ちょっと。お腹の中で元気に育ってね。
お父さんはまだ性別は知らないから、どっちだろう、って「まめこ」とか「まめ」とお腹のきみを呼んでるけど。
生まれたらきっと、どっちでもめろめろにかわいがってくれると思うから安心して出ておいでね。
9つ上のお兄ちゃんも優しいと思うよ。
小学校2年の息子が通う学校で展覧会があった。子供たちの絵や工作を体育館に並べたり教室で造形の表現があったりするわけなんだが。
なかには、これなら買いたいという作品もあったが、与えれた課題なのでどれも似たり寄ったりというのが素直な感想。好きなもん作った方が面白そうなのに。
息子は高さと幅が20センチ以内の箱や缶を用意して紙粘土でケーキを作るというものだったので、定規持って20センチの材料を頑張って探して持たせた。あまり大きすぎるとみんなの作品が飾れなくなるので大きさは厳守というプリントが配られたからだ。
な、なのにだよ!?
20センチ以内どころか30センチ40センチ越えは当たり前の作品ばっかり!!
んで、その後自分の子供の作品の感想を書く紙が配られたの。廊下に掲示するからイラストなんかも添えてお願いしますとのこと。
紙粘土で作ったケーキで材料は各自家から持ってくるようにとのことだったから、本当に家にあるものを持たせた。しかし、みんな100円ショップとか手芸屋で飾りの材料を買っていたのでうちのは確かに豪華さには欠けていた。しかし、あるものを上手に使っていたので良しとした。もう一つの卵から何かが生まれる絵はてっきり恐竜だと思ったがカメだった。カメが首を真上に反らしていたのは、セクシュアルな表現なのか・・・なんて夫は言うのだが、な、ワケもなく、まあ、のびのび描けていたし、その辺を褒めた。自分が思った通りに楽しく表現できればいいし。
掲示されるとのことだったので、「母ちゃんより」ではなく、「お母さんより」にした。「母より」の方がいいかなとか考えたけど、文章が他人も読むということでですます調にしたのであんまり堅くないほうがいいかなと。
なのによー、「作品の感想」を書いてくれって言われたのにだよ?
「○○ちゃんへ と〜っても上手に出来たね○○ちゃんのママになれてと〜っても幸せだよ♡」やら、「○○くんへ とっても大きなケーキで一番目立ってたよさすが○○くん」だって。
自分の子供をクンとかちゃんとかつけて呼ぶのも嫌いだが、学校の提出物に書いちゃう神経がわからん。作品の感想なのに「○○ちゃんのママになれて幸せ〜」とか盛り上がっちゃってるのも噴飯ものだが、きまりを守らずでかい材料持たせて「一番目立つ」とか言って。その子供はクラス一のいじめっこらしい。親がバカだと子もやっぱりバカなんだな。
あ、イラストで「ニャロメ」と「ねこナマズ」がしてるイラストを描いていたお母さんは好感が持てた。結構歳いってるお母さんが頑張って子供らしい絵を描いたんだなー、と。今の小学生は知らないと思うけど。
数日前から小学校の授業の一貫でおたまじゃくしを飼うことになったちび。クワ吉が死んだばかりなので、飼う前にちびにちゃんと世話をするよう言い聞かせた。
おたまじゃくしが住みやすい環境を調べてつくること。
おたまじゃくしの好きな食べ物を調べること。
毎日様子を観察して水換えをすること。
調べる方法は図書室か理科の先生にきくこと。
本当は私も育て方を調べてあったのだが、親があれこれなんでも教えるより、自分で調べた方が身に付くんじゃないかと考えたのだ。
昨日は学校公開があったので朝から学校へ行った。普段読み聴かせや声かけをしている成果で、子供たちが元気に挨拶したり飛びついてくれる。
教室のロッカーの上にはカブトムシのさなぎがいて、子供が一生懸命説明をしてくれる。オレンジ色のさなぎはうよんうよんともんどりうっていた。写真でしか見たことがない私は、さなぎはじっと動かないものだと思っていたので驚き、感動した。ちびのおたまじゃくしの飼育瓶をのぞくと、生えて来た後ろ足がびよんと伸びきった瀕死のおたまじゃくしがいた。水が淀んでいる。別の子供が空き瓶を持って話しかけてきた。
「あのねえ、僕のおたまじゃくし死んじゃったよ」
「ちゃんとお世話した?」
「あんまりー。死んじゃったら花壇のとこにジャーってやったよ」
「ちゃんとごめんね、って埋めてあげなかったの?」
「うん。だってまだ池にいっぱいいるし、すぐ死んじゃうんだもん」
「おたまじゃくしってちゃんと世話すればちゃんとカエルになるんだよ」
「すぐ生き返ればいいのにねー」
先生に呼ばれたその子はたーっと走って席に着いてしまった。
帰りの会が終わって帰ろうとしたちびをつかまえて話しをした。
「おたまじゃくしの水はいつ換えた?」
「換えてないよ」
「換えなさい。えさは?」
「えー!?水換え今日じゃなくちゃだめ?えさは誰かがくれてたよ」
「今日水換えなくて、明日死んでたらどうするの?」
お友達に手伝ってもらって渋々水を換えるちび。瀕死のおたまじゃくしをおそるおそるのぞく。
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翌日。
「ただいまあ。あのね、おたまじゃくし死んじゃったの」
「死んじゃったんじゃなくて、世話をしなくて殺しちゃったんだよね?」
「でもお昨日水換えしたし、誰かがえさをいれてくれてたよ」
「水換えするのも面倒くさがったよね?結局えさは自分であげなかったし毎日みてあげなかったね」
「おととい瓶ゆすったら元気だったもん」
「えさも水も換えなくて元気なわけないよね?驚いて動いただけじゃない?で、図書室で調べたり理科の先生にきいたりもしなかったんだよね?」
「理科の先生なかなか見つからないんだもん」
「職員室で居場所きけばいいでしょう?図書室だって行かなかったんでしょ?」
「ねえ、もう遊びに行っていい?学校行っておたまじゃくしのお墓にごめんねしてくる」
「埋めた時にごめんねしたんでしょ?今更遊びに行ったついでに謝るフリされたって生き返らないよ。生き物はどんなに体が小さくても人間と同じなところがひとつあるって話したの覚えてる?命っていっこしかなくて、死んじゃったら生き返らないの。ちびと同じ子供が一人もいないように、おたまじゃくしのあの子もこの世でたった一匹だったの。いくら見た目がそっくりでたくさんいたとしても、あのおたまじゃくしと同じ子は一匹もいないの。植物だってそうだよ。途中で枯れたら種だって残せないんだよ。おたまじゃくしと同じようにごはん食べないでいてみる?」
「いやだ!!」
「おたまじゃくしもクワガタも植物もお腹へっても声だせないんだよ。人間が捕まえたらちゃんと世話してあげなくちゃ逃げたくても逃げられないんだよ。ポケモンゲームやたまごっちと違って機械で餌与えるのとわけ違うんだよ。で、クワ吉やおたまが死んでもあまり悲しくないでしょう?」
「そんなことないよー!悲しいよ!」
「本当に?お世話しなかったから愛着わかなかったでしょ?毎日みてやらなかったからどんな特徴があったか思い出せないでしょ?逆に命の大事さがわかってかわいいと思えば毎日みるようになるんだよ。母ちゃんもちびを産んで、命を預かって、かわいいと思ったから毎日お世話するようになったんだよ。毎日世話するから、様子がいつもと違えばすぐわかるから病院に連れてったりできたんだよ。しゃべれない赤ちゃんをごはんもあげず、お風呂も入れず、洗濯も掃除もしなかったら病気になって死んじゃうよね。今だって母ちゃんがちびの世話やめたらどうする?生きて行けそう?父ちゃんが仕事やめたら母ちゃんとちびはごはん食べれる?あたたかいお家にいられる?この前もその話しはしたよね」
「わかった。じゃあ、学校行ってくる」
学校で野球をして遊んで帰ってきたちび。
「おたまじゃくしに謝ったの?」
「!!しなかった・・・だって母ちゃん今更謝っても意味ないって言うから」
「言われたからしなかったの?本当にごめんね、って気持ちないの?で、こんなカンカン照りだったし花壇のミニトマトに水あげたの?」
「・・・ううん」
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命の大切さを教えるにはどうしたらいいんだろうか。本気で考えなきゃならない。
連休最終日に葛西にある地下鉄博物館へ行った。地味な場所だけに混んでいなかった。こんな雨の日にも少し離れたネズミーランドは人混みなのだろう。
地下鉄に興味のない人なら10分も持たない展示内容であるが、子鉄っちゃんの息子は楽しそうだ。良かった良かった。入場料も安いしよー。駐車場のほうが高いよ。
で、運転シュミレーションコーナーで並んでいたら、5〜6年生位のヤセとデブの子供二人組がいて、並んでいた1人が横入りさせて、前の母子連れに注意されていた。デブが横入りさせたヤセに「気が利くじゃねえか」と言っていた。二人とも駅員がしている白い手袋と黒い駅員鞄を持っていた。かなりの鉄っちゃんだ。注意をされたヤセが「はいはいはい、どーもすみません、すみません、はいはい、わかりました」と言って運転席へ。窓とカーテンを勝手に閉めながら「素人はすっこんでろ!さっさと死ね素人!死ねばばあ」と言ったのが聞こえた。言われたお母さんは黙って怒りに耐えていた。
運転を終了して階段から降りてくるヤセを待った。仁王立ちの私を見て怯むヤセとデブと私の息子。
「おいおまえ、親どこだ?」
「あ、親来てません。友達と来ました」
「おまえ、横入りさせて注意されてなんだあの態度?しかも死ね素人とか言ってたな?」
「い、言ってません!ぼく、言ってません」
「言ったじゃない!聞こえたわよ」と注意したよそのお母さん。
「言ったよな?嘘つくんじゃねえよ。何が死ねだよ?おまえはいつも大人にそんな口きいてんのか?さっきみたいにはっきり話せよ」
「い、いつもじゃありません」
「悪いことして注意されてんのにバカにした態度とりやがって。ほらあのおばちゃんにきちんと謝れよ」
「す、すみません」
「本当にわかったのかよ?小さい子もいるのに横入りとかしてんじゃねえよ。おまえらさっきから何回もやってるだろ。ちゃんと並べ。それから人に死ねとか絶対言うな。そこのお前もわかったか」
「・・・はい、わかりました」
よそのお母さんにお礼を言われ、息子には「母ちゃんって知らない子でもよく怒るよね」と言われた。確かによその子供が悪いことしてても見ないふりしてる大人が多いよな。マナーの悪い大人が多いのも確かだけど、悪いことしてたら注意してやんなきゃかわいそうだよな。
今日、小学校の読み聞かせボランティアに参加した。
ほぼ毎日夜寝る前にこどもに読み聞かせをしているが、大勢の子供の前だと少し緊張する。
どんな本にしようか、毎回図書館やネットで調べてあれこれ悩む。
今回選んだのは「まゆとおに」という絵本。画の降矢ななは有名な「ともだちや」の作家だ。随分タッチが違うので、言われなければ気がつかないだろう。池袋の西武で「ともだちや」の原画を見たことがある。絵本を見た限りではあまり好きな作家ではなかったのだが、原画の、オオカミのあおい色が美しくて随分と見とれてしまった。
「まゆとおに」はやまんばの娘(やまんばも娘も人間のようで、しかも若い!)と鬼のかけあいが楽しい作品。子供たちはじいっと絵本に集中している。
頁を繰るたび「うわー!!すごーい!!」「おいしそー!!」歓声があがる。小さな絵本の中にぐいぐいと引き寄せられてるのがわかる。普段落ち着きがなく、すぐに飽きて立ち歩く男の子が一番目を輝かせて「次は!?次はどうなることやら!!」笑ったり驚いたり。皆、思い思いの感情を出しながらすっかり絵本の中に入ってまゆとおにのやりとりを見物しているようだった。この絵本を知らなかったと言った図書室司書さん、担任の先生までもが大笑いして聞いてくれた。そういう力のある作品だな、と確信した。
「おしまい」
本をパタンと閉じると拍手喝采!子供たちがみんなみんな笑顔で面白かったー!!と言ってくれた。これがあるから読み聞かせはやめられない!
さー、次はどんな絵本を紹介しようかなあ。