今日2月12日は私の父親の命日だ。私が2歳8ヶ月、妹がまだ7ヶ月の時に自動車事故で死んだ。なので記憶に残っていない。父親の葬式の日のことは覚えているのだが、火葬場には連れて行かれなかったし、誰の葬式だったのかわからなかった。
花小金井にあった母方の祖母の家が葬儀会場で、みんなが泣いていた。親戚の人たちで満員だった、火葬場に向かうマイクロバスにあたしが乗ろうとしたら「おばちゃんとお留守番してよう」と誰かに手を引かれた。その様子を見ておばさん達が泣いていたのを覚えてる。
火葬場からみんなが戻るまでの間、台所でオレンジシュースをもらって飲んだ記憶がある。
火葬場から戻り、参列者が帰っていった座敷で黒留袖を着て正座をした母親がひとり、泣いていたのを覚えている。
何度話しかけても、なんで泣いてるのか尋ねても答えてはくれず、ただ泣いていた。不安になり、台所にいた祖母と伯母に「お母さんなんで泣いてるの?呼んでも返事しないよ」と言ったのも覚えてる。当時まだ24歳になったばかりの母親が、幼い子供2人を抱えた未亡人になった。どれほどの悲しみと不安だったかは計り知れない。
残されたあたしたちの日々はそれこそ、色んな苦労があった。それでもあたしは28歳で亡くなった父親よりずっと長生きしてる。父親と一緒に乗っていた車の事故が原因で2週間遅れで伯父も亡くなった。祖母にしてみれば4人兄妹の唯一の男の子で、しかも長男が亡くなったのだから相当ショックだっただろう。その伯父よりもあたしは年上になった。
北海道の静内にある父親の墓参りに一度だけ行ったことがある。お寺の住職さんに「芦澤さんのところはアイヌの血が入ってるから、父親とよく似ている」と言われた。
無事に出産できたら、あたしの大切な家族、息子2人と夫をみせてやりにお墓参りに行きたいなあ。